「朝敵」の孫娘が、なぜ昭和天皇の弟の妃に?名前に残された「会津」の物語
幕末、朝敵とされた会津藩主・松平容保。
その孫娘・勢津子は、およそ60年後、昭和天皇の弟・秩父宮雍仁親王と結婚しました。
二人の時代をつないだものは、何だったのでしょうか。
外交官だった父、縁談を結んだ人々、そして皇室に入る前に変わった名前――。
「節子」から「勢津子」へ。
その一文字には、ふるさと・会津とのつながりが残されていました。
婚姻に向けた準備から、会津の人々の祝福、結婚後の暮らしと長年の社会活動まで。公的機関や関連施設の資料をもとに、一人の女性の生涯をたどります。
※婚姻が成立した経緯と、地域が結婚に託した象徴的な意味は区別して紹介しています。
音声:VOICEVOX:東北イタコ
BGM:Touching Moments One - Pulse/Kevin MacLeod
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Creative Commons BY 4.0
https://creativecommons.org/licenses/...
音楽はループ・音量調整・フェードを行っています。
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