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【東久邇宮稔彦王】関東大震災で愛児を喪い、長男と嫁・照宮成子にも先立たれて…明治天皇の皇女・聡子内親王と歩んだ102年の涙の生涯

人物裏面史【日本の記憶】2,128回視聴投稿日: 2026/10/20
【東久邇宮稔彦王】史上唯一の「皇族首相」はなぜ新宿の闇市に立ったのか?パリ七年滞在と五十四日内閣、菊の御紋を売り百二歳まで生きた激動の生涯 日本の憲政史上、ただ一人だけ「皇族」の身でありながら内閣総理大臣の座に就いた人物がいます。 第四十三代内閣総理大臣・東久邇宮稔彦王(後の東久邇稔彦、一八八七年〜一九九〇年)。 明治天皇の第九皇女・聡子内親王を妃に迎え、香淳皇后の叔父であり、昭和天皇の長女・照宮成子内親王の義父でもあったこの陸軍大将は、なぜ戦後、皇籍を離脱して新宿の闇市で食料品を売り、銀座の骨董店で十六八重表菊の御紋入り下賜品を売るまでに転変したのでしょうか。 明治二十年(一八八七年)に久邇宮朝彦親王の第九王子として京都に生まれ、幼少期を洛北の農家に里子として預けられた稔彦王。大正九年(一九二〇年)からフランスへ軍事留学した王は、パリの自由な空気に魅了され、印象派の巨匠クロード・モネに油絵を学び、元フランス首相クレマンソーから「日米戦うべからず」の警告を受けます。関東大震災で次男・師正王を失ってもなお宮内省の帰国命令を拒み続け、七年間にわたりパリに滞在した「やんちゃ宮様」の素顔。 そして昭和二十年(一九四五年)八月十七日――敗戦直後の混乱のなか、国内外に七百万の将兵を抱える帝国陸海軍の暴発を抑えるため、昭和天皇から組閣の大命が下ります。無血での全軍武装解除を成し遂げ、日本初の首相記者会見で「一億総懺悔」を唱えながらも、連合国軍最高司令官マッカーサーの「人権指令」に抗議して憲政史上最短の「五十四日間」で総辞職した舞台裏。 さらに戦後、昭和天皇の退位論を海外メディアに語り、財産税と皇籍離脱を経て新宿の闇市や「ひがしくに教」の教祖へと身を投じ、明治・大正・昭和・平成の四つの時代を駆け抜けて百二歳の天寿を全うした稀有な生涯を、一次史料『東久邇日記』と『やんちゃ孤独』をもとに徹底解説します。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 目次(チャプター) 00:00 導入:新宿の闇市と菊の御紋――史上唯一の皇族首相の逆説 01:39 第一章:洛北の農家に育った第九王子と明治天皇の皇女との結婚(一八八七〜一九二〇) 05:50 第二章:パリ七年の逃避行――モネとの出会いと関東大震災の悲劇(一九二〇〜一九二七) 11:19 第三章:日米開戦阻止への奔走と東条英機打倒の密謀(一九二七〜一九四五) 16:54 第四章:五十四日間の皇族内閣――七百万将兵の無血武装解除と「一億総懺悔」(一九四五年八月〜十月) 22:18 第五章:皇籍離脱と新宿の闇市、銀座の骨董店、そして「ひがしくに教」(一九四六〜一九五五) 27:45 終章:愛する家族を見送り四つの時代を生きた百二歳の孤独(一九五二〜一九九〇) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ #東久邇宮稔彦王 #東久邇稔彦 #皇室史 #昭和天皇 #終戦 #一億総懺悔 #明治天皇 #日本史 #歴史ドキュメンタリー #昭和史 #近代史 #歴史解説

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