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極悪!オカルト級独裁者たちの悪政6選まとめ【 ゆっくり解説 独裁者 総集編 】

国民の25%を虐殺、言論弾圧、洗脳まがいの教育現場への介入…などなど独裁的権力を持った人物や勢力のもとで、悪政が行われてきました。オカルト 級の所業を【 ゆっくり解説 独裁者 総集編 】としてゆっくり茶番劇 スタイルのですお届けします。 00:00 イントロダクション 00:06 目次 00:15 犬を殺すと死罪 生類憐みの令 12:10 薩摩藩の奴隷 黒糖地獄 21:12 ルーマニア 強制妊娠 29:34 ポルポト 人口の25%殺害 42:03 失業率94% 超ハイパーインフレ  50:27 フリー殺人OKのカオス 59:53 おまけ  超どうでもいい話 ★犬を殺すと死罪 生類憐みの令 【徳川綱吉】 徳川綱吉は、江戸幕府の第5代将軍です。彼は儒学を重んじ、命の尊さを強調する政策「生類憐みの令」を発布しました。この政策は動物保護を極端に推し進めるものでした。 【善政説とアレ説】 綱吉の政治には善政とされる面もあれば、過度に厳格な面もあります。彼は有能な旗本を登用し、儒教の教えに基づいた政治を行いましたが、同時に過度な動物愛護政策も実施しました。 【すぐ重罪になる】 「生類憐みの令」により、命を粗末にした者には重罪が科されました。例えば、犬を殺した者は死刑、鶴を撃った者は晒し首など、過度に厳しい罰則が設けられました。 【馬の物言い事件】 1693年、江戸で「ソロリコロリ」という悪い病気が流行しました。この病気に対して南天の実と梅干しを煎じて飲むというデマが広まりましたが、これが馬の口から出たという噂が流れ、デマの発生源とされた人物は厳罰に処されました。 【中野犬小屋】 中野犬小屋は、綱吉の政策に基づき犬を保護するために設立された施設です。広大な敷地に多くの犬が収容され、手厚い保護が行われましたが、その費用は庶民から徴収される税金によって賄われました。 【超どうでもいい話】 「生類憐みの令」から学べるのは、一見正論に見える政策でも、強制の程度や懲罰の方法によっては社会に混乱を招くことがあるということです。 ★薩摩藩の奴隷 黒糖地獄 【薩摩藩はサトウキビ作り一色】 動画の冒頭では、薩摩藩がサトウキビ栽培に力を入れていた背景について説明されています。薩摩藩は奄美群島を支配し、米作からサトウキビ作りに切り替えるよう命じました。これは、藩が抱える多額の借金を返済するためであり、黒糖の生産を増やすことで資金を得ようとしました。この過程で、奄美群島の住民は厳しい労働を強いられ、食糧難に苦しむことになりました。 【資金源は黒糖地獄から生まれる】 薩摩藩は黒糖を独占的に扱い、他の者が黒糖を売ることを禁止しました。これにより、競争なしで高値で黒糖を販売できる仕組みを作り上げました。また、年貢としてサトウキビを徴収し、住民にわずかな食料しか残さない仕組みが整えられました。貧しい農家は借金を重ね、最終的には奴隷のような扱いを受けることになりました。 【やっぱり現代で生きたい!】 歴史的な事実を振り返りながら、現代社会との比較が行われています。薩摩藩の黒糖地獄のような搾取の構図は、現代でも富裕層と貧困層の格差が広がる中で繰り返されていると指摘されています。特に、教育機会の喪失や重税の問題が取り上げられ、現代社会も同様の課題に直面していることが強調されています。 ★ルーマニア 強制妊娠 【オカルト多子政策】 1966年、ルーマニアで妊娠や避妊を禁止する法令「第770号」が成立しました。子供が居ない25歳以上の女性や男性には所得税が課され、女性たちは子供を5人以上産むことを強いられました。5人未満の女性には避妊薬が禁止され、10人以上産んだ女性には「母親英雄」という勲章が与えられました。通称「月経警察」が妊娠状態をチェックし、独身税を課すなど、国家による妊娠プロパガンダが行われました。 【独裁者チャウシェスク】 独裁者チャウシェスクは、1918年に貧しい農家に生まれました。ルーマニア共産党に入り、政治犯として投獄される中で妻のエレナと知り合い、独裁者として権力を握りました。1971年には中国や北朝鮮を訪問し、毛沢東や金日成の政治体制を真似るようになりました。チャウシェスクは自分を「祖国の父」と呼ばせ、報道機関を検閲し、秘密警察の権限を強化するなど、恐怖政治を推進しました。 【多子政策の結果】 チャウシェスクの多子政策の結果、女性たちは劣悪な環境で堕胎を強いられ、1万人以上が命を落としました。多くの子供たちは育てられず、個人に置き去りにされ、個人の質は最悪でした。エイズの爆発的な感染も広がり、チャウシェスクはエイズを資本主義社会特有の現象だと認めませんでした。抗議運動を行う国民に対しては、軍隊を使って鎮圧しました。 【現代に残る爪痕】 チャウシェスク政権が崩壊した後も、個人には17万人の子供たちがいました。ネグレクトやエイズ感染など、悲惨な状況が続きました。栄養失調や愛情の欠如が深刻で、個人に送られた子供たちは悲惨な生活を送ることとなりました。チャウシェスクの独裁は終わりましたが、その爪痕は今も残っています。 【超どうでもいい話】 チャウシェスク夫妻は、末期になっても国民に支持されていると信じていました。暴動が起きた際にも演説を試みましたが、当然ブーイングの嵐でした。夫妻はヘリコプターで逃げましたが、捕まりました。妻のエレナも同様に、自分たちが特別だと思い続けていました。 ★ポルポト 人口の25%殺害 【ポル・ポトの恐ろしい行為】 ポル・ポトは1970年代半ばにカンボジアで独裁的な権力を握り、その結果として国民の約25%にあたる200万人から340万人が犠牲となりました。彼は知識人やインテリ層を敵視し、教師、学者、報道関係者、技術者などを次々と処刑しました。さらに、都市部に住む人々を農村に強制移住させ、そこで過酷な労働を強いることで、多くの人々が命を落としました。 【権力の掌握】 ポル・ポトが権力を握ることができた理由は、彼の生い立ちとカンボジアのカオスな状況にあります。彼は裕福な家庭に生まれ、フランスに留学していたものの、スターリンの支配方法に影響を受けました。カンボジアに帰国後、内戦と政治的混乱の中で権力を掌握することができました。また、彼は中国や北朝鮮からの支援を受け、その影響力を強化しました。さらに、冷戦時代のアメリカ、ソ連、中国の勢力争いも彼の権力掌握を後押ししました。 【ポル・ポトの最期】 1979年、ポル・ポトはベトナムとの戦争に敗北し、カンボジアの政権を失いました。しかし、彼はその後もジャングルに逃れ、抵抗を続けました。1997年、彼は部下たちの離反により捕らえられ、翌年の1998年に心臓発作で死亡したとされていますが、毒殺説もあります。彼の死後、カンボジアには深い傷跡が残り、ポル・ポトの影響は今も続いています。 ★失業率94% 超ハイパーインフレ  【21世紀に起きた最悪インフレの仕組み】 ジンバブエでは、2000年ごろから極端なインフレが発生しました。これは政府が不動産や企業を白人から取り上げ、その管理や運営ができずに経済が崩壊したことが原因です。さらに、物資不足を補うために紙幣を大量に印刷した結果、ハイパーインフレが起こりました。 【最早計算不能のハイパーインフレ】 インフレは次第に制御不能となり、2008年にはインフレ率が年率6.5×10の108乗%に達しました。この状況では物価が異常な速度で上昇し、日常生活に必要な品物を手に入れるのが極めて困難になりました。 【ムガベとは】 ロバート・ムガベは、ジンバブエの独立運動を率いた英雄として知られ、ジンバブエ共和国の初代大統領に就任しました。しかし、彼の政権は次第に独裁的な性格を帯びるようになり、経済政策の失敗が重なって国全体が深刻な経済危機に陥りました。 【名君の豹変】 ムガベは当初、白人を敵視せず、教育や医療に力を入れてジンバブエを発展させました。しかし、1990年代後半から彼の政策は急速に悪化し、白人から土地を取り上げるなどの過激な政策を実施しました。この政策の失敗により、ジンバブエ経済は壊滅的な打撃を受けました。 【居座った独裁者】 ムガベは権力を維持するために様々な政治工作を行い、選挙でも暴力や脅迫を用いて対立候補を排除しました。しかし、2017年にはついに辞任に追い込まれ、2019年に95歳で亡くなりました。彼の死後、ジンバブエでは彼を悼む声は少なく、国喪も閑散としたものでした。 ★フリー殺人OKのカオス 【殺人発生率】 フィリピンの人口は約1億1000万人で、日本に近い規模を持っています。しかし、殺人発生率は日本と大きく異なり、フィリピンでは10万人あたり9.8件の殺人事件が発生しています。これは、日本の殺人発生率0.3件と比べると30倍以上の高さです。フィリピンの治安の悪さは、麻薬犯罪や貧困の問題と深く結びついています。 【無実で処刑されるリスク】 2016年に当選したドゥテルテ大統領は、麻薬犯罪撲滅を掲げ、超法規措置を導入しました。これにより、麻薬犯罪者と疑われた者は裁判なしで射殺されることが許され、さらに民間人にも報酬を与えて殺人を委託するという恐ろしい制度が確立されました。結果として、ドゥテルテの任期中に3万人以上が殺害され、その中には無実の人々も多く含まれていたとされています。このような状況では、政府に対する批判が抑制され、独裁的な社会が形成されるリスクが高まります。 【フィリピンの歴史】 フィリピンは歴史的に複雑な経緯を持つ国です。1542年にスペインの植民地となり、その後1900年頃にはアメリカの植民地となりました。独立運動を経て独立を果たしましたが、経済的にはアメリカへの依存が続きました。第二次世界大戦中には日本と組み、その後再びアメリカの影響下に置かれました。1970年代から80年代にかけては、マルコス独裁政権が続き、その後エグサ革命で打倒されました。現在でも格差社会が続き、多くの人々が海外での出稼ぎを余儀なくされています。 ★関連動画はこちらから!    / @ゆっくりオカルト研究所   ★気まずすぎる動画はメンバーシップで…→    / @ゆっくりオカルト研究所   ★規制されてしまった動画・オリジナル動画等あり!裏オカ研(サブスク):再生リスト「裏のアレ」→ https://mediable.jp/playlists/c98143a... #独裁者 #ポルポト #チャウチェスク #ハイパーインフレ #生類憐みの令 ※この動画は、過去に起きた事件などから、現代でも起こりうるリスク・教訓を伝えるための情報の伝達を主な目的としており、視聴者に衝撃を与えて扇動する目的はございません。 ※科学では説明の付かないオカルト・心霊・超常現象なども取り扱うことがありますが、同様に視聴者に衝撃を与えて扇動する目的はございません。 ※ゆっくり解説・ゆっくり茶番劇のスタイルを取っておりますが、動画での惨事や死を取り扱う内容については、関係者を冒涜したり、その行動を助長したりするといった意図はございません。 ※動画内の素材はすべて引用であり、著作権や肖像権を侵害する目的はございません。

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