帝国ホテルも大成建設も生んだ一族・大倉財閥はなぜ消えたのか|鉄砲店からオークラまで三代
帝国ホテル、大成建設、東京経済大学、サッポロビール、そしてホテルオークラ。どれも、越後の新発田から江戸に出た商人・大倉喜八郎と、息子の喜七郎が始めた事業や学校に根を持っています。1926年の末、大倉が中国大陸に注いだお金はおよそ3200万円。今の企業物価で、およそ250億円にあたります。
ところが、喜八郎の死から70年後の1998年8月、大倉の名を背負った最後の商社・大倉商事が倒産しました。
一代で築かれた財閥は、なぜ消えてしまったのでしょうか。1867年の鉄砲店から、ホテルオークラ、大倉商事の倒産まで、父・息子・最後の商社の三代を追います。
▼目次
0:00 はじめに
2:09 新発田から江戸へ
4:14 鉄砲と現金
6:38 銀座の商社
9:35 死の商人と呼ばれて
12:42 大陸と鶴彦
16:20 バロン大倉
19:11 解体とホテル
22:06 大倉商事の最期
24:06 なぜ消えたのか
27:10 消えた物と残った物
30:37 おわりに
◼️ 主な参考資料
・中村青志「大正・昭和初期の大倉財閥―成長から停滞への転換を中心に―」『経営史学』15巻3号(1980)
・平山育男「日本土木会社の成立と解散について」『日本建築学会計画系論文集』84巻766号(2019)
・国会会議録(参議院 予算委員会 1998年8月24日、参議院 外務委員会 1981年4月23日、衆議院 法務委員会 1999年12月3日)
・東京経済大学「大倉喜八郎」「大倉喜八郎の足跡を追う」「歴史」、大倉集古館「大倉集古館の概要」
・大成建設「大成建設のあゆみ」、オークラ東京「Okura History」、オークラ ニッコー ホテルズ「沿革」
・国立国会図書館「近代日本人の肖像」、日本銀行「昔のお金の価値」、新潟県 新発田地域振興局、新潟県観光協会
・コトバンク「大倉喜八郎」「大倉財閥」「大倉喜七郎」「大倉商事」、Wikipedia「大倉喜八郎」「大倉財閥」「ホテルオークラ東京」
◼️ 画像(Wikimedia Commons)
・CC BY:Drph17
・CC BY-SA:鴻亜由美、Drph17、Wiiii、Calton、Matsujima、江戸村のとくぞう、Tatata、William Cho、Wakimasa
・そのほかはパブリックドメイン・CC0。地図は Natural Earth
ホテルオークラの旧本館のロビーで待ち合わせた日、帝国ホテルでの食事、テレビで見た大倉山のジャンプ、東京経済大学のキャンパスや新発田の町など、大倉ゆかりの場所の思い出があれば、ぜひコメント欄で教えてください。
◼️ 制作について
図とアニメーション、BGMは自作です。ナレーションは合成音声(AI)を使用しています。
内容に誤りがあれば、コメントで教えてください。
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