「世界一の幸運艦」雪風は本当に"無傷"だったのか【戦死者の記録・返された舵輪】
1945年4月7日、坊ノ岬沖。沖縄へ向かった戦艦大和は沈み、ともに出た駆逐艦8隻のうち4隻も失われました。その中から帰ってきたのが、駆逐艦雪風です。陽炎型19隻のうち、終戦まで残ったのは雪風ただ1隻でした。
雪風は「奇跡の駆逐艦」「世界一の幸運艦」と呼ばれてきました。ところが、この日の記録には「戦死3人、負傷15人」とあります。雪風は、本当に「無傷」だったのでしょうか。
【この動画の作り方】
雪風の戦歴の記録、艦長たちの証言(1970年の座談会)、アメリカ側の記録を並べ、一致するところ・食い違うところをそのまま示しています。資料によって数字や日付が異なる点は「〜とされます」と表現し、下の【ご注意】にまとめました。
【チャプター】
0:00 オープニング
1:23 第一章 陽炎型の駆逐艦
1:26 佐世保で生まれる
2:42 初陣
3:20 第二章 戦い続けた2年
3:23 海戦の一覧
4:29 第三次ソロモンの夜
5:37 撤収と護衛
6:39 対空戦の船へ
7:11 第三章 4人の艦長
7:13 交代した理由
8:15 艦長たちの言葉
8:43 第四章 天一号作戦
8:45 マリアナとレイテ
10:04 坊ノ岬沖
10:57 本土で
11:16 18隻の最期
12:34 第五章 「無傷」の検証
12:37 記録に残る戦死
13:05 船の傷
13:39 運だけだったのか
15:01 第六章 丹陽になった雪風
15:03 復員輸送
15:30 中華民国へ
16:58 返された舵輪
17:38 終章 傷つきながら帰った船
【参考文献】
・半藤一利編『太平洋戦争 日本軍艦戦記』文藝春秋、1970年(文春オンライン 2025年8月27日の再録による)
・月刊PANZER編集部「異様にツイてる駆逐艦『雪風』のヒミツ」乗りものニュース、2019年9月13日
・乗りものニュース編集部「激戦を生き抜いた“強運”艦『雪風』竣工」乗りものニュース、2022年1月20日
・U.S. Naval History and Heritage Command(NHHC)所蔵写真の解説
※Wikipedia(英語版 Japanese destroyer Yukikaze (1939) / Kagerō-class destroyer)は、戦歴と出典をたどる手がかりとして利用しました。
【ご注意】
・雪風の戦死者数は、英語文献に挙がるものを合計した「少なくとも7人」で、全体の数ではありません。
・丹陽の退役日は、1965年12月16日とする資料と1966年11月16日とする資料があります。
・コロンバンガラ島沖でリアンダーに当たった魚雷が雪風のものかどうかは、はっきりしないとされます。
・艦長交代の理由(過労)は報道記事によるものです。
・天一号作戦の艦隊の内訳は一般的な戦史資料によります。
・特定の人物や国を称賛・非難する意図はありません。
【画像出典】
U.S. Navy / National Archives(80-G-)、Naval History and Heritage Command(NH-)、福井静夫氏撮影の写真、中華民国海軍の写真など、Wikimedia Commons 所蔵のパブリックドメイン画像を使用しています。一部の画像は演出のため拡大・トリミング・色調補正を行っています。
BGM:OpenTracks(旧DOVA-SYNDROME)
「Cookie Crasher」Keido Honda
「Distant Memory」Cloria Sound Labs
「Factorial」MFP【Marron Fields Production】
「終末世界」alaki paca
「光の帝国」Heitaro Ashibe
「Sulpiride」Anonyment
「墓碑銘」秦暁
ナレーション:VOICEVOX:雀松朱司
兵器の答え合わせ — 通説と記録を、一つずつ突き合わせる。
#兵器の答え合わせ #軍事史 #雪風
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