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「世界一の幸運艦」雪風は本当に"無傷"だったのか【戦死者の記録・返された舵輪】

兵器の答え合わせ2回視聴投稿日: 2026/11/06
1945年4月7日、坊ノ岬沖。沖縄へ向かった戦艦大和は沈み、ともに出た駆逐艦8隻のうち4隻も失われました。その中から帰ってきたのが、駆逐艦雪風です。陽炎型19隻のうち、終戦まで残ったのは雪風ただ1隻でした。 雪風は「奇跡の駆逐艦」「世界一の幸運艦」と呼ばれてきました。ところが、この日の記録には「戦死3人、負傷15人」とあります。雪風は、本当に「無傷」だったのでしょうか。 【この動画の作り方】 雪風の戦歴の記録、艦長たちの証言(1970年の座談会)、アメリカ側の記録を並べ、一致するところ・食い違うところをそのまま示しています。資料によって数字や日付が異なる点は「〜とされます」と表現し、下の【ご注意】にまとめました。 【チャプター】 0:00 オープニング 1:23 第一章 陽炎型の駆逐艦 1:26  佐世保で生まれる 2:42  初陣 3:20 第二章 戦い続けた2年 3:23  海戦の一覧 4:29  第三次ソロモンの夜 5:37  撤収と護衛 6:39  対空戦の船へ 7:11 第三章 4人の艦長 7:13  交代した理由 8:15  艦長たちの言葉 8:43 第四章 天一号作戦 8:45  マリアナとレイテ 10:04  坊ノ岬沖 10:57  本土で 11:16  18隻の最期 12:34 第五章 「無傷」の検証 12:37  記録に残る戦死 13:05  船の傷 13:39  運だけだったのか 15:01 第六章 丹陽になった雪風 15:03  復員輸送 15:30  中華民国へ 16:58  返された舵輪 17:38 終章 傷つきながら帰った船 【参考文献】 ・半藤一利編『太平洋戦争 日本軍艦戦記』文藝春秋、1970年(文春オンライン 2025年8月27日の再録による) ・月刊PANZER編集部「異様にツイてる駆逐艦『雪風』のヒミツ」乗りものニュース、2019年9月13日 ・乗りものニュース編集部「激戦を生き抜いた“強運”艦『雪風』竣工」乗りものニュース、2022年1月20日 ・U.S. Naval History and Heritage Command(NHHC)所蔵写真の解説 ※Wikipedia(英語版 Japanese destroyer Yukikaze (1939) / Kagerō-class destroyer)は、戦歴と出典をたどる手がかりとして利用しました。 【ご注意】 ・雪風の戦死者数は、英語文献に挙がるものを合計した「少なくとも7人」で、全体の数ではありません。 ・丹陽の退役日は、1965年12月16日とする資料と1966年11月16日とする資料があります。 ・コロンバンガラ島沖でリアンダーに当たった魚雷が雪風のものかどうかは、はっきりしないとされます。 ・艦長交代の理由(過労)は報道記事によるものです。 ・天一号作戦の艦隊の内訳は一般的な戦史資料によります。 ・特定の人物や国を称賛・非難する意図はありません。 【画像出典】 U.S. Navy / National Archives(80-G-)、Naval History and Heritage Command(NH-)、福井静夫氏撮影の写真、中華民国海軍の写真など、Wikimedia Commons 所蔵のパブリックドメイン画像を使用しています。一部の画像は演出のため拡大・トリミング・色調補正を行っています。 BGM:OpenTracks(旧DOVA-SYNDROME) 「Cookie Crasher」Keido Honda 「Distant Memory」Cloria Sound Labs 「Factorial」MFP【Marron Fields Production】 「終末世界」alaki paca 「光の帝国」Heitaro Ashibe 「Sulpiride」Anonyment 「墓碑銘」秦暁 ナレーション:VOICEVOX:雀松朱司 兵器の答え合わせ — 通説と記録を、一つずつ突き合わせる。 #兵器の答え合わせ #軍事史 #雪風

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