【朝日姫の最期】死んだことさえ伏せられた、家康の妻|夫と引き裂かれ、兄・秀吉に翻弄された妹|豊臣兄弟
天正18年、1590年の正月。京の聚楽第で、ひとりの女性が息を引き取りました。天下人・豊臣秀吉の妹で、徳川家康の正室、朝日。けれどその死は伏せられ、夫の家康も喪を出しませんでした。
兄の命令で長年連れ添った夫と引き離され、44歳で家康に嫁いだ朝日。人質に出された母との岡崎での再会、駿河御前と呼ばれた駿府の日々、そして京での病。天下人の妹で、家康の正室でもあった朝日の死は、なぜ伏せられたのか。静岡の寺に今も残る一枚の小袖とともにたどります。
※前の夫との別れには、2つの話があります。家康との縁談のときに引き離されたという、江戸時代に広く語られた話と、その4年ほど前に夫の失態で別れたという、より古い記録の話です。動画では両方を紹介しています。
※動画の中の「五万石は、今のお金で毎年およそ40億円分」は、1石=お米約150kg、お米5kg=約2,900円(2026年10月の全国平均)で計算した目安です。毎年とれるお米の量で、手取りの額ではありません。
▼目次
0:00 1590年正月、聚楽第の夜
1:07 第一章 引き裂かれた夫婦
5:55 第二章 44歳の花嫁
8:24 第三章 母が来た
9:59 第四章 駿河御前
11:14 第五章 京の病
12:06 第六章 伏せられた死
13:58 第七章 小袖
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▼このチャンネルについて
「日本史の素顔」は、歴史の中で「悪役」や「脇役」にされてきた人たちを、残された記録から見直すチャンネルです。
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▼主な参考文献・史料
・『家忠日記』
・『当代記』
・『多聞院日記』
・『史料綜覧』巻12
・渡辺世祐『豊太閤と其家族』日本学術普及会、1919年
・黒田基樹『徳川家康の最新研究』朝日新書、2023年(PRESIDENT Online 掲載の抜粋による)
・静岡市指定有形文化財「瑞龍寺関係資料一括」(2023年指定)
▼制作について
・イラストと一部の映像はAIで生成しています
・ナレーションと登場人物の声はAI音声(Google Gemini)です
・会話や心情の場面は、史料をもとにした創作を含みます
・諸説あるものは、動画内でその旨をお伝えしています
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