【九戸政実】一族と争っていたはずが、なぜ秀吉の大軍に包囲されたのか
争っていた相手は、同じ南部一族の南部信直。
それなのに、九戸政実の城には豊臣秀吉の大軍が押し寄せました。
一族の争いは、なぜ天下の軍との戦いに変わったのでしょうか。
天正十九年(1591年)、現在の岩手県二戸市にある九戸城を舞台に起きた「九戸政実の乱」。
その前の年、秀吉は信直に一通の朱印状を与えていました。領地を認める一方で、家臣たちの城を壊すよう命じる内容です。
南部家の後継者争い、東北各地で起きた一揆、豊臣政権が送った軍勢。そして、開城のあとに起きた悲劇。
城を持ち、土地を治めてきた政実の立場がどう変わっていったのかを、文書や地域の記録からたどります。
【目次】
00:00 序章|一族の争いに、天下の軍が来た
01:13 第1章|当主になっても、従わない一族
02:46 第2章|城を壊せと命じた一通の文書
04:40 第3章|政実に味方が集まった理由
06:33 第4章|強い城の外で、失われていくもの
08:56 第5章|開城の先にあった悲劇
10:52 第6章|政実が向き合った、本当の変化
12:49 終章|同じ城に残された、二つの時代
【主な出典・参考資料】
1.岩手県「九戸政実とは 豊臣秀吉天下統一最後の相手」
https://www.pref.iwate.jp/kenpoku/nin...
2.二戸市「九戸城跡」
https://www.city.ninohe.lg.jp/info/335
3.はちのへヒストリア「豊臣秀吉朱印状(岩手県指定文化財)」
https://historia8.org/cultural-proper...
4.青森県史資料編中世1・資料472「八戸家伝記(3/6)」
https://kenshi-archives.pref.aomori.l...
5.本堂寿一「『南部大膳大夫分国之内諸城破却共書上之事』の作成とその歴史的背景について」(近世こもんじょ館)
https://komonjokan.net/cgi-bin/komon/...
6.一戸町「姉帯城跡」
https://www.town.ichinohe.iwate.jp/so...
【史料の扱いについて】
兵数や、南部家が家督を継いだいきさつは、資料によって違いがあります。
助命の約束や開城後の出来事も、後世の記録・伝承と確認できる事実とを分けて紹介しています。
記録に残っていない会話や政実の心の内を、事実として再現してはいません。
映像・イラストは当時の様子をイメージした再現で、実際の景観や人物の姿を写したものではありません。
政実が家と土地を残すためには、どのような譲歩が必要だったと思いますか?
ぜひコメントで考えを聞かせてください。
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