【海外の反応】「無礼な扱いは一度もなかった」明治の日本を3か月旅した英国女性イザベラ・バードの記録
1878年、明治11年の夏。46歳のイギリス人女性が、通訳の青年ひとりを連れて、東京から北海道までを旅しました。
のみに食われ、泥道で人力車ごとひっくり返り、行く先々で群衆に取り囲まれる。
それでも彼女は「日本ほど女性がひとりで安心して旅ができる国はない」と書き残しました。
イザベラ・バードが見た、148年前の日本人の姿をたどります。
▼こんな方におすすめ
・明治のはじめの、ふつうの日本人の暮らしを知りたい方
・外国人の目に日本がどう映っていたかに興味がある方
・日光、会津、米沢、函館など、バードが通った土地にゆかりのある方
▼この動画でわかること
・会津坂下で2,000人の群衆が逃げ出した「望遠鏡とピストル」の話
・「いちばん愚鈍な顔」と書かれた通訳・伊藤鶴吉が、旅の終わりにどう評価されたか
・日光の宿「金谷の家」で、バードが驚いたもの
・病気になっても約束を守った車夫、心付けを断った馬子の話
・米沢盆地を「アジアのアルカディア」と呼んだ理由
▼本人の言葉
「世界で、日本ほど、女性がひとりで、危険にも無礼にも遭わずに旅ができる国はない」
「わたしはただの一度も、無礼な扱いも、法外な料金の請求も受けたことがない」
―― イザベラ・バード『日本奥地紀行』(Unbeaten Tracks in Japan、1880年)より
みなさんの町にも、バードの通った道はありますか。ぜひコメントで教えてください。
#イザベラバード #日本奥地紀行 #海外の反応
▼参考資料
・イザベラ・バード『日本奥地紀行』高梨健吉訳(平凡社・東洋文庫)
・イザベラ・バード『完訳 日本奥地紀行』全4巻 金坂清則訳(平凡社・東洋文庫)
・Isabella L. Bird, Unbeaten Tracks in Japan (John Murray, 1880)
・金谷ホテル歴史館(日光)
▼写真のクレジット
日本の地図(1885年):Isabella (Bird) Bishop(CC BY-SA 4.0)
ヨークシャー:Kreuzschnabel(CC BY-SA 3.0)
日光東照宮・陽明門:Jpatokal(CC BY-SA 4.0)
金谷の家(挿絵):Isabella (Bird) Bishop(CC BY-SA 4.0)
金谷ホテル歴史館:663highland(CC BY-SA 4.0)
中禅寺湖:Miyuki Meinaka(CC BY-SA 4.0)
日光湯元温泉:Raita Futo(CC BY 2.0)
日光金谷ホテル:663highland(CC BY-SA 4.0)
鬼怒川:Gene Jackson(CC BY-SA 2.0)
阿賀野川:Altomarina(CC BY-SA 3.0)
阿賀野川・咲花温泉:Drph17(CC BY 4.0)
南陽市・赤湯:Fumihiko Ueno(CC BY 3.0)
函館(1880年ごろ):AbeBooks(CC BY-SA 4.0)
二風谷のアイヌの家:Calistemon(CC BY-SA 4.0)
王立地理学会:Shadowssettle(CC BY-SA 4.0)
バードの墓:Stephencdickson(CC BY-SA 4.0)
Wikimedia Commons/加工あり
CC BY 2.0・3.0・4.0 / CC BY-SA 2.0・3.0・4.0:https://creativecommons.org/licenses/
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