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東京も埼玉も海の底だった…6000年前の関東平野を立体地図で見る「縄文海進」

人類のキセキ59回視聴投稿日: 2026/11/07
いま東京や埼玉がある場所は、およそ6000年前の縄文時代、海の底だったと考えられています。 氷河期のあと海面が上がり、海は関東平野の奥深くまで入りこみました(奥東京湾・香取海)。その証拠は、海から遠く離れた内陸の台地で見つかる貝塚です。 実際の標高データ(NOAA ETOPO 2022)を使って海面を上げ下げしながら、大森貝塚・加曽利貝塚、そして1926年に東木龍七が描いた昔の海岸線をたどります。 ※地形は見やすくするため高さを強調しています。海面を上げた映像は「今の地形で海面を約4m上げたイメージ」で、当時の海岸線とは完全には一致しません。 ※縄文時代の海面の高さには研究によって幅があります(関東では今より3〜4m高かったとする説など)。 もしあなたが縄文時代の関東に住むとしたら、海の近くと台地の上、どちらに住みますか?ぜひコメントで教えてください。 0:00 東京も埼玉も海の底だった? 0:41 氷河期から、海が上がる 1:57 海に沈んだ関東平野(奥東京湾・香取海) 3:34 証拠は貝塚(大森貝塚・東木龍七) 5:24 入り江とともに暮らす(加曽利貝塚) 6:39 海が引いていく(縄文海退) 7:29 街に残る海の名残 8:35 まとめ ■参考資料 ・東木龍七(1926)「地形と貝塚分布より見たる関東低地の旧海岸線」 ・千葉市 加曽利貝塚博物館 資料(2017年 国の特別史跡) ・品川区「大森貝塚」資料 / E. S. Morse (1879) Shell Mounds of Omori ・日本語版ウィキペディア「縄文海進」「奥東京湾」「貝塚」「加曽利貝塚」 ■映像・写真 地形データ: NOAA NCEI ETOPO 2022 / 衛星画像: NASA Blue Marble 写真(Wikimedia Commons): ・Kasori midden preserve north.jpg — Namazu-tron / CC BY-SA 3.0 ・Cross Section of Shell Midden - Niigata Prefectural Museum of History.jpg — inazakira / CC BY-SA 2.0 ・Omori Shell Mound Monument - Omori, Tokyo, Japan - DSC05597.jpg — Daderot / CC0 ・PSM V13 D008 Edward S Morse.jpg — Unknown authorUnknown author / Public domain ・Omori Shell Mounds Garden - Omori, Tokyo, Japan - DSC05698.jpg — Daderot / CC0 ・Touki Ryushichi 1926a 21.png — 東木龍七(Touki Ryushichi) 1892-1943 / Public domain ・Lake Kasumigaura from Kasumigaura City 01.jpg — Σ64 / CC BY 4.0 ・Jar with Handles, c. 2000 BC, Japan, earthenware, Ubayama (Kasori E) type from neolithic shell mounds of Ichikawa, Chiba - Art Institute of Chicago - DSC00117.JPG — Daderot / CC0 ・Kasumigaura landsat.jpg — Tdk at Japanese Wikipedia / CC BY-SA 3.0 ナレーション: ElevenLabs / BGM: Mixkit #縄文海進 #縄文時代 #貝塚 #日本の歴史 #人類のキセキ

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