東京も埼玉も海の底だった…6000年前の関東平野を立体地図で見る「縄文海進」
いま東京や埼玉がある場所は、およそ6000年前の縄文時代、海の底だったと考えられています。
氷河期のあと海面が上がり、海は関東平野の奥深くまで入りこみました(奥東京湾・香取海)。その証拠は、海から遠く離れた内陸の台地で見つかる貝塚です。
実際の標高データ(NOAA ETOPO 2022)を使って海面を上げ下げしながら、大森貝塚・加曽利貝塚、そして1926年に東木龍七が描いた昔の海岸線をたどります。
※地形は見やすくするため高さを強調しています。海面を上げた映像は「今の地形で海面を約4m上げたイメージ」で、当時の海岸線とは完全には一致しません。
※縄文時代の海面の高さには研究によって幅があります(関東では今より3〜4m高かったとする説など)。
もしあなたが縄文時代の関東に住むとしたら、海の近くと台地の上、どちらに住みますか?ぜひコメントで教えてください。
0:00 東京も埼玉も海の底だった?
0:41 氷河期から、海が上がる
1:57 海に沈んだ関東平野(奥東京湾・香取海)
3:34 証拠は貝塚(大森貝塚・東木龍七)
5:24 入り江とともに暮らす(加曽利貝塚)
6:39 海が引いていく(縄文海退)
7:29 街に残る海の名残
8:35 まとめ
■参考資料
・東木龍七(1926)「地形と貝塚分布より見たる関東低地の旧海岸線」
・千葉市 加曽利貝塚博物館 資料(2017年 国の特別史跡)
・品川区「大森貝塚」資料 / E. S. Morse (1879) Shell Mounds of Omori
・日本語版ウィキペディア「縄文海進」「奥東京湾」「貝塚」「加曽利貝塚」
■映像・写真
地形データ: NOAA NCEI ETOPO 2022 / 衛星画像: NASA Blue Marble
写真(Wikimedia Commons):
・Kasori midden preserve north.jpg — Namazu-tron / CC BY-SA 3.0
・Cross Section of Shell Midden - Niigata Prefectural Museum of History.jpg — inazakira / CC BY-SA 2.0
・Omori Shell Mound Monument - Omori, Tokyo, Japan - DSC05597.jpg — Daderot / CC0
・PSM V13 D008 Edward S Morse.jpg — Unknown authorUnknown author / Public domain
・Omori Shell Mounds Garden - Omori, Tokyo, Japan - DSC05698.jpg — Daderot / CC0
・Touki Ryushichi 1926a 21.png — 東木龍七(Touki Ryushichi) 1892-1943 / Public domain
・Lake Kasumigaura from Kasumigaura City 01.jpg — Σ64 / CC BY 4.0
・Jar with Handles, c. 2000 BC, Japan, earthenware, Ubayama (Kasori E) type from neolithic shell mounds of Ichikawa, Chiba - Art Institute of Chicago - DSC00117.JPG — Daderot / CC0
・Kasumigaura landsat.jpg — Tdk at Japanese Wikipedia / CC BY-SA 3.0
ナレーション: ElevenLabs / BGM: Mixkit
#縄文海進 #縄文時代 #貝塚 #日本の歴史 #人類のキセキ
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