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黒田官兵衛|九州の城を次々に落とした隠居は、なぜ1石も得られなかったのか【1546〜1604】

戦国地図ch49,507回視聴投稿日: 2026/10/28
関ヶ原の年、家督を息子に譲った隠居の黒田官兵衛(如水)は、九州で兵を挙げ、2か月で豊後・豊前・筑後の城を次々に落としました。ところが戦が終わると、攻め取った国はほかの大名のものになり、官兵衛本人には新しい領地が1石も与えられませんでした。 播磨の小さな家の家臣が、どうして九州で地図を塗り替え、なぜ自分の領地を得られなかったのか。1920年の郡の地図で一生を追います。 ■ この動画でわかること ・1577年の文書に残る、年貢70石のうち20石という官兵衛の取り分 ・秀吉の直筆の手紙「わが弟の小一郎と同じように」 ・有岡城の牢の1年と、先に城を抜け出した荒木村重 ・備中高松城の水攻め(発案は一説に官兵衛) ・九州攻めの恩賞は豊前の12万石あまり。同じ九州攻めで小早川隆景は約37万石 ・秀吉の怒りと、頭を丸めて「如水」へ ・1600年、中津城の金銀で集めた兵と、関ヶ原の2日前の石垣原の戦い ・戦わずに開いた城、捕らえた船の手紙で知った関ヶ原の決着、手紙一通で止まった4万の軍 ・家康の配り直しと「1石も無し」をめぐる2つの見方 ・吉川広家への手紙の「一合戦」と、福岡という名のはじまり ■ 目次 0:00 はじめに|2か月で九州の地図を塗り替えた隠居 0:48 第1章 播磨の小さな家 1546→1577 2:15 第2章 有岡城の1年 1578→1582 4:49 第3章 豊前の12万石 1583→1589 7:08 第4章 如水 1590→1599 8:07 第5章 九州の関ヶ原 1600 11:05 第6章 広げた領地のゆくえ 1600→1601 12:36 振り返り|なぜ1石も得られなかったのか 13:55 さいごに 14:11 秀長の家は、なぜ消えたのか(豊臣秀長の回へ) ■ 地図の見方 ・赤=黒田(官兵衛・長政)。1600年の九州は、官兵衛が攻め取った所を赤で塗っています ・青=細川 灰=西軍の大名 薄茶=ほかの東軍の大名 斜線=大友が攻め込んだ所 ・右上の「国力」は、黒田の石高・面積・郡の数と、まわりの主な家の石高 ■ 地図と数字について ・境界は1920年(大正9年)の郡・市町村で、戦国時代の領地をおおよそで表したものです ・石高は、慶長3年(1598年)の国ごとの石高を、正保郷帳の郡ごとの割合で郡に分け、郡の中は村の面積で分けた目安です ・1587年の豊前の領地(5つの郡と宇佐郡の半分)の石高は、12万石・12万3千石・12万5千石・15万石など資料によって違います。動画では「12万石あまり」としました ・筑前の52万3千石は、関ヶ原のあとに長政が与えられた石高です ・1600年に集めた兵の数は、『黒田家譜』の3600人あまりのほか、留守の兵や領内の人々を合わせて9000・1万とする見方もあります。筑後へ進んだ軍の「4万」も、ともいわれる数です ・高松城の水攻めを官兵衛が考えたというのは一説です。堤は5月8日に着工し19日に完成したとされます ・官兵衛に新しい領地が無かったわけは、はっきりした記録がありません。「恩賞を断った」という見方と、「切り取った所は自分のものにしてよい、という約束が守られなかった」という見方を並べました ・「官兵衛は天下を狙っていた」とする見方は、吉川広家への手紙の一文などから生まれたもので、言い切れるものではありません ・場面の絵(牢・夜の有岡城・金銀を配る如水・開城・高松城・伏見)と人物の絵は、AI で作った想像図です(本人や当時の姿を写したものではありません) ・声は AI の合成音声です ■ あわせて見たい ・官兵衛を「弟の小一郎と同じ」と言った秀吉。その弟の家は、なぜ消えたのか → 豊臣秀長の勢力図    • 豊臣秀長の家は、なぜ4年で地図から消えたのか|名目百万石の勢力図と兄の代わりに戦った...   ・官兵衛が目付として渡った四国の、もう一人の主役 → 長宗我部元親の勢力図    • 長宗我部元親は、なぜ四国の大半をひと夏で失ったのか|25年かけて広げた領地が、ひと月...   ■ 出典・クレジット 地図:国土地理院 地理院タイル(陰影起伏図)を加工して作成 郡・市町村の境界:『歴史的行政区域データセットβ版』(CODH作成) doi:10.20676/00000447(元データ:国土数値情報「行政区域データ」(国土交通省)) 石高:Wikipedia「旧国郡別石高の変遷」(CC BY-SA 4.0)の慶長3年・正保郷帳の石高をもとに加工 https://ja.wikipedia.org/wiki/旧国郡別石高の変遷 参考にした研究(辞典・紹介記事などを通して):小和田哲男『黒田如水』(ミネルヴァ書房)、中野等『黒田孝高』(吉川弘文館 人物叢書)、諏訪勝則『黒田官兵衛』(中公新書)、渡邊大門『黒田官兵衛 作られた軍師像』(講談社現代新書)、白峰旬「慶長5年の九州における黒田如水・加藤清正の軍事行動」、別府市教育委員会『べっぷの文化財 No.44 石垣原合戦』 参考にした史料:『黒田家文書』『黒田家譜』『竹中家文書』『吉川家文書』『松井文書』『高山公実録』『フロイス日本史』 音声:ElevenLabs BGM:MagaMaga「WAR ZONE」(OpenTracks) 効果音:効果音ラボ・Stable Audio で作成 人物画・場面の絵:画像生成 AI で作成 #黒田官兵衛 #黒田如水 #関ヶ原の戦い #戦国時代 #勢力図 #日本史

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