【一式陸攻】昭和17年11月12日、重巡サンフランシスコの機銃員は何を見たのか――ガダルカナル沖の低空雷撃
【一式陸攻】19機の雷撃隊を、米軍は「生還1機」と記録した――ガダルカナル沖、本当に帰ったのは何機か
日本海軍の三菱 一式陸上攻撃機(G4M1、連合軍コードネーム「ベティ」)と零戦、米海兵隊のF4Fワイルドキャット、米重巡洋艦サンフランシスコ(CA-38)。
第二次世界大戦・太平洋戦争、1942年(昭和17年)11月12日、第三次ソロモン海戦の初日、最初の夜戦のおよそ12時間前にガダルカナル島ルンガ岬沖で行われた昼間雷撃を、日米双方の記録からたどります。
ラバウルのブナカナウ飛行場を発った703空・705空・707空の一式陸攻19機は、海面すれすれの高度で米輸送船団へ向かいました。
米軍は沿岸監視員とレーダーで接近を知っており、船団は艦尾を雷撃隊に向けて待ち構えていました。
被弾した1機は重巡サンフランシスコの後部指揮所に突っ込み、その傷はその夜の第三次ソロモン海戦へと持ち越されます。
米海軍省の発表、戦後の米側戦史、そして日本側の戦闘行動調書を並べ、この日に残された数字を検証します。
両軍の記録が食い違ったとき、皆さんはどの数字をどう読みますか?コメントで教えてください。
Music: Eyes of Glory - Aakash Gandhi
0:00 オープニング
6:02 待ち構えていた船団
12:05 14時16分の後部指揮所
18:11 指揮所を失った夜
24:29 21機という数字
写真出典: Wikimedia Commons, reddit.com, navsource.net, researcheratlarge.com, ww2online.org, flickr.com, Openverse, pinterest.com ほか.
一部の場面はAIで生成した再現画像です。
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