馬の往来で栄えた内藤新宿、江戸のそばを彩った赤い薬味|商人・新兵衛が歩いた甲州道中と宿場の暮らし|江戸めし物語
内藤新宿——日本橋から二里たらず、甲州道中で最初の宿場。
浅草の商人たちが五千六百両を積んでひらいた宿場。
わずか二十年ほどで廃止され、五十四年後によみがえった「明和の立ち返り」。
薪や炭を背負って江戸へ通う馬の群れと、広重が描いた馬の尻。
旅籠の夕餉、甲州の葡萄、追分の二八そばにふりかけた新宿の唐辛子。
この動画でお話しすること:
・「新宿」という名前の由来——内藤家の屋敷のとなりにできた新しい宿
・最初の宿場・高井戸まで四里、遠すぎた甲州道中
・浅草阿部川町の名主・高松喜兵衛ら五人と、五千六百両の上納金
・内藤清成と「馬でひと息に駆けた土地」の言い伝え
・川も堀もない西の街道——薪・炭・石灰を運んだ馬たち
・「四谷新宿馬糞の中で…」の唄と、広重『名所江戸百景』の馬の尻
・旅籠の泊まり賃と夕餉の膳
・飯盛女と、成覚寺の供養の碑
・享保三年の廃止と、明和九年の再開
・内藤とうがらし——江戸のそばの薬味になった新宿の赤い畑
・天龍寺「追い出しの鐘」と太宗寺の江戸六地蔵
・四谷大木戸と玉川上水
・新宿駅、新宿御苑、新宿三丁目に残る宿場の面影
一皿の裏には、いつも人の暮らしと物語があります。
今日も、ゆっくりとお付き合いください。
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あなたにとって、新宿という街には、どんな思い出がありますか?
あなたの食卓にも、江戸から続く一皿があれば、ぜひコメントで教えてください。
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今日も、江戸のごちそうさまでした。
◆目次
0:00 夕日に赤い唐辛子畑と、甲州道中の商人
1:15 「新宿」は新しい宿という意味だった
2:24 甲府で仕入れた印伝と、旅の最後の一夜
4:08 炭を運ぶ馬子・茂作と、西の街道の馬たち
6:01 馬糞の唄と、広重が描いた馬の尻
7:03 高井戸まで四里、なぜ新しい宿場が必要だったのか
7:35 浅草商人と五千六百両
8:38 内藤家と「馬でひと息に駆けた土地」
9:41 宿場の灯と、なじみの旅籠
11:26 旅籠の夕餉と、宿場の唐辛子
12:33 甲州の葡萄と、おすみの在所
13:50 道中の小遣い帳
14:54 飯盛女と成覚寺の碑
16:07 享保三年、宿場が消えた日
17:20 五十四年後の「明和の立ち返り」
18:26 追分の二八そば、十六文
19:45 内藤とうがらし、江戸のそばの薬味
21:07 天龍寺の「追い出しの鐘」
22:19 朝の馬の列と、太宗寺の地蔵
23:56 四谷大木戸と玉川上水、茂作との別れ
25:38 新宿駅のはじまりと、今に残る宿場の面影
26:45 よみがえった内藤とうがらし
27:53 あなたの新宿の思い出は
※ 本動画は史料・言い伝えをもとに再構成した歴史文化の物語です。金額・年代など一部は諸説あります。本動画では、台本の構成、ナレーション、映像、画像、編集の一部にAI技術を活用しています。
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