たった1発の爆弾で沈んだ空母 ― 赤城の「構造」を3Dで解剖
1942年6月、ミッドウェー沖。赤城を沈めたのは、甲板を突き破ったたった1発の爆弾でした。巡洋戦艦として起工され、三段の飛行甲板を持つ空母として完成し、大改装で一枚の甲板に生まれ変わった赤城。その「形の移り変わり」と、閉じた格納庫が抱えていた弱点を3Dで解剖します。
前回のショート動画でいただいたご指摘(煙突の形・大砲の位置・説明の順番)の一部を反映して作り直しました。
▼チャプター
0:00 オープニング
0:33 前回のご指摘について
0:58 巡洋戦艦として生まれた
2:01 三段甲板という答え
4:03 段の限界
4:36 一枚の甲板へ
5:34 機動部隊の旗艦
6:04 閉じた格納庫
6:21 ミッドウェー
7:33 海底の赤城
▼主な数値
・1920年12月6日 呉海軍工廠で起工(天城型巡洋戦艦2番艦)、1927年3月25日 空母として完成
・三段甲板:上段 約190m、下段 約55m、中段に艦橋と20cm連装砲塔2基
・20cm砲 合計10門(後部の両舷に6門)
・1935〜1938年 佐世保で大改装:飛行甲板 約249m、エレベーター3基、左舷艦橋、常用66機+補用25機(計画)
・1942年6月5日 午前7時26分ごろ(日本時間)被弾、6月6日未明 味方駆逐艦の魚雷で処分
・2019年に海底で発見、2023年に無人潜水機が撮影
・亡くなった乗員の数、沈没時刻などには諸説があります
※本動画の映像・ナレーションはAIを使用して生成しています。3D映像は構造を分かりやすくするためのイメージで、一部再現しきれていない箇所や実物の細部と異なる場合があります。
参考資料: 赤城の写真(1920〜40年代、パブリックドメイン、Wikimedia Commons)/ 加賀・レキシントンの写真(パブリックドメイン、Wikimedia Commons)/ 三段甲板時代の形状確認に模型作例(かどりき海軍工廠のブログ、つれづれプラモ製作記、艦船模型を作ってみようよ!)を参考にしました。いずれも形状の参考として使用し、映像はAIで新たに生成しています。
#空母赤城 #赤城 #構造の裏側
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