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【保存版】これ一本でわかる京都全史 | 京都が都だった1075年の間に何が起きたのか

ゼロからわかる日本全史5,612回視聴投稿日: 2026/11/04
794年10月22日、桓武天皇が新しい都に入りました。1869年3月7日、明治天皇が京都の御所を発ちます。そのあいだ、およそ1000年。政治の中心は何度も京の外へ出て、京は何度も焼けました。それでも都は京から動かなかった。なぜか。そして何が、その都を終わらせたのか。平安京の始まりから東京への旅立ちまで、68分でたどります。 【目次】 0:00:00 二つの日付、京都が都だった1075年 0:01:04 長岡の10年 0:02:27 794年10月22日、新しい都へ 0:04:56 平安京の形と、止まった都づくり 0:08:01 都を奈良へ戻せ 0:10:22 内裏が焼けた夜と、寂れる西の京 0:14:05 院の御所と白河の寺 0:16:28 戦は京のそばで、安元の大火 0:19:42 1180年6月2日、天皇が京を出た 0:21:48 同じ地図から、福原は都になったのか 0:24:39 元暦の大地震と、鎌倉から京へ 0:28:39 承久の乱と六波羅、京の外へ出た上皇 0:32:07 六波羅が落ちる日、二人の天皇 0:34:37 幕府を京に置く、花の御所 0:37:59 京の天皇が1人に戻る 0:39:53 1467年1月18日、上御霊社の戦い 0:42:09 応仁の乱と、将軍の屋敷の天皇 0:46:55 町衆の京と、信長の上京焼き討ち 0:49:50 秀吉の京、家康と二条城 0:52:52 天明の大火 0:54:34 229年ぶりの将軍と、社への行幸 0:56:50 禁門の変と大政奉還 0:59:25 都を大坂へ 1:01:30 江戸を称して東京とせん 1:04:18 明治2年3月7日、終わりの一日 1:07:07 1075年の間に何が起きたのか 【主な出典・参考資料】 [S01] 経済雑誌社 編『国史大系』第5巻(日本紀略)(経済雑誌社、1897年) この動画で参照した内容:784〜794年の遷都、960年・976年の内裏の焼亡 [S03] 菅野真道 ほか著『続日本紀』巻37・38(象牙屋治郎兵衛ほか) この動画で参照した内容:785年の藤原種継の事件 [S04] 経済雑誌社 編『国史大系』第3巻(日本後紀)(同、1897年) この動画で参照した内容:805年の徳政の議論、810年の平城上皇の事件 [S06] 柿村重松 註『本朝文粋註釈』下冊(内外出版、1922年)所収『池亭記』 この動画で参照した内容:982年の西の京と東の京の様子 [S08〜S16] 東京大学史料編纂所 ほか編『史料綜覧』巻1・3〜8・11〜14(朝陽会・印刷局朝陽会、1926〜1954年) この動画で参照した内容:各年の出来事の日付(編年の綱文) [S17] 藤原兼実 著『玉葉』第2(国書刊行会、1907年) この動画で参照した内容:1180年の福原行きと京への還都についての兼実の日記 [S18・S41] 経済雑誌社 編『国史大系』第14巻(百錬抄・愚管抄・元亨釈書)(同、1901年) この動画で参照した内容:院政と法勝寺、保元・平治の戦い、安元の大火、福原行き、承久の乱の後の天皇の交代 [S19] 経済雑誌社 編『国史大系』第4巻(吾妻鏡)(同、1903年) この動画で参照した内容:1185年の地震、承久の乱の後の六波羅、後鳥羽上皇の隠岐行き [S20] 経済雑誌社 編『国史大系』第2巻(続史愚抄 巻29〜54)(同、1902年) この動画で参照した内容:室町第の天皇、1536年の法華宗の寺の焼亡、1626年の二条城行幸 [S23] 永井一孝 校『平家物語』(有朋堂書店、1922年) この動画で参照した内容:福原から戻った日の語り [S24] 鴨長明『方丈記』(青空文庫、底本『國文大觀 日記草子部』) この動画で参照した内容:安元の大火、福原への都移り、元暦の地震 [S26] 英俊 著・辻善之助 編『多聞院日記』第4巻(三教書院、1938年) この動画で参照した内容:1587年の秀吉の聚楽第への移り住み [S28] 太政官 編『復古記』(内外書籍、1929〜1930年) この動画で参照した内容:1868年の大坂行幸と東京行幸 [S29] 太政官修史館 編『明治史要』(博聞社、1876〜1883年) この動画で参照した内容:王政復古の大号令 [S30] 渋沢栄一 著『徳川慶喜公伝』巻3〜5(竜門社、1918年) この動画で参照した内容:大坂遷都の建白、大政奉還 [S45] 北原雅長 著『七年史』上(啓成社、1904年) この動画で参照した内容:1863年の賀茂社・石清水への行幸 [S32] 京都市埋蔵文化財研究所 リーフレット京都 No.83「六勝寺」(1995年)・No.270「まぼろしの八角九重塔を復元する」(2011年) この動画で参照した内容:六勝寺と法勝寺の塔 [S33] 京都府立京都学・歴彩館 資料ガイド No.53「京都を襲った大火の記録」 この動画で参照した内容:天明の大火の焼けた範囲と数 [S34] 国土交通省 国会等の移転ホームページ 佐々木克「首都機能移転問題と『東京遷都』」、ニューズレター「新時代」第77号(2014年) この動画で参照した内容:1869年の東京行幸と皇城、遷都と奠都 [S35] 岐阜県歴史資料館 入江康太「美濃郡代笠松陣屋文書(将軍家茂上洛に関する文書)を読もう」(2021年) この動画で参照した内容:1863年の将軍家茂上洛と供の人数 [S36] 立命館大学歴史都市防災研究センター『京都歴史災害研究』第7号(2007年)「燃える都と燃えない民衆」 この動画で参照した内容:禁門の変の焼けた範囲 [S37] 郵政博物館『研究紀要』第10号・第11号(2019・2020年) この動画で参照した内容:前島密の東京についての書状 [S38] コトバンク所収の事典の項目(日本大百科全書・世界大百科事典・精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉など) この動画で参照した内容:平安京の大きさ、院政、建武式目、応仁の乱、町組、御土居、東京遷都など 【説明上の補足】 ・日付は当時の暦の月日に西暦の年を付けたものです。ユリウス暦に直すと、794年10月22日は11月18日、1180年6月2日は6月26日、同年11月26日は12月14日、1467年1月18日は2月22日になります(干支からの計算で、暦表では確かめていません)。1869年3月7日・28日の西暦の月日は確かめていません。 ・「1075年」は794年から1869年までの年の差です。 ・平安京の遷都の日は、群書類従の年代記では21日とします。東寺・西寺を空海・守敏に与えて建てさせたというのは伝えです。 ・810年の事件を、『日本後紀』は遷都が平城上皇の本意ではなかったと総括します。今は上皇自身が中心だったとみて、「平城上皇の変」とも呼びます。 ・960年の内裏の焼亡を「初めて」とするのは『愚管抄』の伝え聞きの書き方です。976年の移り先は、里内裏の最初とされます。 ・安元の大火の焼けた家と死者の数、応仁の乱の3万軒(軍記と事典)、天明の大火の3万7000軒・18万軒、禁門の変の2万7000軒余り・3万戸は、いずれも資料ごとの数で、一つには決められません。 ・福原の「171日」は京を出てから戻るまでの日数です。福原にいたのは約5か月半です。『平家物語』は戻った日を別の日付で語ります。 ・応仁元年8月から文明8年11月までの「約9年」は数え方です。天皇が日野政資の屋敷から内裏に戻った文明11年12月7日は、西暦では1480年1月です。 ・家茂の上洛が229年ぶりというのは、1634年の家光以来という資料の数えです。大坂行幸の47日は、京都を出た日と戻った日を両端とも数えた日数です。 ・東京の詔は慶応4年7月17日。日付を18日・19日とする記録もあります。「皇城」と改めたことを事実上の遷都の宣言とみるのは、佐々木克の解釈です。 ・「天皇のいる所が都だった」という線は、記録の並びから見えるこちらの読みで、理由を一言で書いた資料はありません。 【関連する回】 【保存版】これ一本でわかる南北朝全史 | 南北朝の動乱はなぜ59年も続いたのか 【素材・音声等のクレジット】 史料画像・絵画・写真(Wikimedia Commons、国立国会図書館デジタルコレクションなどから。特記のないものはパブリックドメインまたは CC0) 桓武天皇像(延暦寺蔵)・後白河法皇像(妙法院蔵)・足利義満像(鹿苑寺蔵)ほか各肖像画・肖像写真/『平治物語絵巻』(ボストン美術館・東京国立博物館)・『年中行事絵巻』(住吉如慶模写)・『伴大納言絵詞』(出光美術館)・『洛中洛外図屏風』(上杉本・舟木本)・『聚楽第図屏風』(三井文庫蔵)・『寛永行幸記』(早稲田大学図書館蔵)/森幸安「平安城東西両京地図」・「皇城大内裏地図」(国立公文書館)/「文久改正新撰京都絵図」(フランス国立図書館)/月岡芳年・歌川芳盛・歌川芳宗・前川五嶺ほかの浮世絵/聖徳記念絵画館壁画「大政奉還」(邨田丹陵)・「東京御着輦」(小堀鞆音)/『保元平治合戦図屏風』(メトロポリタン美術館、CC0) 国史大系『日本紀略』『日本後紀』『百錬抄』『愚管抄』、『玉葉』第2、『史料綜覧』巻6〜8、『本朝文粋註釈』、『方丈記』(大福光寺本複製)、『建武式目』(国立国会図書館デジタルコレクション) 写真:Saigen Jiro ほか(CC0)/663highland(石清水八幡宮・六波羅蜜寺・安楽寿院・城南宮・延暦寺、CC BY 2.5)/Zairon(平城宮 第一次大極殿)・Hyppolyte de Saint-Rambert(上御霊神社)・歌川国員「浪花百景 両本願寺」(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)・KITLV/ライデン大学図書館(御所建礼門の絵葉書)(CC BY 4.0)/mariemon(御土居の跡)・Corpse Reviver(二条城 東大手門)・小池隆(志波城)(CC BY 3.0)/国土地理院(空中写真) 地図:Made with Natural Earth ナレーション:Google Gemini 3.8 Flash TTS(ja-jp-storyteller-4)による合成音声 映像・BGM・効果音:チャンネルのオリジナル(史料画像のほかはプログラムで作図・合成) #京都の歴史 #平安京 #日本史

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