江戸の便所から畑へ!し尿が野菜に変わるまで
江戸の長屋にある共同便所。
そこにたまったものは、一体誰が汲み取り、どこへ運んでいたのでしょうか?
実は、江戸時代のし尿は、ただ捨てられるものではありませんでした。
近郊の農家は、長屋や武家屋敷から出る下肥を必要としていました。
農家が代金を支払い、家主側と契約を結び、汲み取った下肥を畑の肥料として利用していたのです。
さらに、集められた下肥は桶に入れて運ばれるだけではありません。
川を行き交う肥船に積まれ、遠くの農村へ届けられることもありました。
なぜ農家は、お金を払ってまで下肥を手に入れたのでしょうか?
なぜ、肥料の取引をめぐって千を超える村々が動いたのでしょうか?
今回は、江戸の長屋に暮らす職人・清吉の物語を通して、共同便所の汲み取りから、農家との契約、肥船による運搬、肥溜めでの管理、そして野菜が再び江戸の町へ戻るまでをたどります。
江戸の町と農村を結んでいた、知られざる循環の仕組み。
そこには、現代とはまったく違う江戸の暮らしと経済がありました。
※登場人物や会話は、歴史資料をもとにした再構成・創作です。史実と物語を区別して紹介しています。
江戸時代の庶民の暮らしや、歴史の裏側に隠された意外な仕組みに興味がある方は、ぜひ最後までご覧ください。
#江戸時代 #江戸の暮らし #日本史
コメント 読み込み中…